★プロローグ
「よほど自制心の強い観測者でないと、大出現した際にはパニックを起こし、正確なデータなど取れなくなる。」天文雑誌の獅子座流星群関連記事中、自動撮影システムを勧める理由としてあげられていた根拠である。
「まさかねー」
過度の期待は禁物だし、事前に準備していれば、きっちりとしたデータ記録ぐらい朝飯前だ・・・とたかをくくっていた私が甘かった。今回の獅子座流星群は期待以上の大出現を起こし、私自身、文字通り「パニック」を起こしてしまったのだ。
★今回の布陣
デビッド・アッシャー氏のダストトレイル理論により、日本が観測絶好地の一つにあげられていた今回の獅子座流星群。万が一の大出現に備え、旧来からの天文仲間と2人で「一眼レフ11台+赤道儀3台」の機材で準備を進めた。観測地は、いつもの満濃町である。
<一眼レフボディ>
ニコンF100(2機)
ニコンF801S
ニコンF80
ニコンF501
ニコンnewFM2
ニコンFE2
ニコンFG
ニコンFG20
ニコンEM
キヤノンFTb
<撮影レンズ>
トキナー17mmF3.5
ニコン18-35mmF3.5-4.5(2本)
タムロン24-70mmF3.3-5.6
シグマ28mmF1.8
ニコン35mmF2
タムロン28-200mmF3.8-5.6(2本)
トキナー28-80mmF2.8
トキナー35-70mmF2.8
ニコン50mmF1.4(2本)
ニコン50mmF1.8
キヤノン50mmF1.8
<赤道儀>
ビクセンnewATLUX
ビクセンSP-DX
ケンコースカイメモNS
※軽量コンパクトなスカイメモNSには17mmと18mmの超広角レンズをセット。広範囲をカバーさせる。
※重量級の機材も安定してドライブできるアトラクスには28mm~50mmのレンズを4台同架。気に入った構図での流星写真を確実なガイドでねらう。
※SPーDXには18mm~50mmのレンズを3台同架
※その他通常の三脚2台に、それぞれ固定撮影用のF100ボディをセットする。
★天候条件
最近天気が不安定で、当日午後には、しとしとと雨が降り出す始末。
「もう駄目かなー」
などど思っていた矢先、日没前から快晴に変わり、透明度も申し分なし。
22:00に仕事が終わると速攻で着替え、あらかじめ車に積み込んでいた大量の機材とともに観測地へと向かった。幸運なことに夜明け前には黄道光と冬の銀河が交差するのが肉眼ではっきり見えるほどのベストコンディションになったのである。
★観測開始
22:30には観測地に到着。快晴だ。
「いい空っすね!」
「おお、めずらしい! 2人で観測始めて(※)以来、まともに晴れたことほとんど無いもんなー。」
<※2019追記:彼は高校時代の地学部の後輩です>
綿密に機材をチェックしながらセッティングを行う。
流星の飛ぶ気配はまだないが、予定より早めに極大が来たらと思うと気が気でない。
「おーい!カイロに火つけるの手伝ってくれ!酸欠(※)になりそうや。」
<※2019追記:木炭カイロは、着火した後に息をフーフー吹きかけて十分に火を回らせないと途中で鎮火してしまう。数本の木炭を手で持ち、それをグルグル振り回すという必殺技を編み出したのは、この1年後のこと。>
過去の経験から、長時間に及ぶ流星観測の最大の敵は夜露であると知っていた。ガラス面は温度が低下するのが早い。はじめは良くても、あっという間に夜露が付着して曇ってしまう。これを回避するには、レンズ面を暖めるしかない。ところが、市販の使い捨てカイロは全く役に立たないのだ。身につけて使用するのを想定しているカイロはその性質上、カメラに装着したのでは途中で酸化反応が低下して冷えてしまうのである。そこで今回の秘密兵器は炭火を使う昔ながらの桐灰カイロ。急遽通販で取り寄せた10個のカイロなのだが、種火をつけるのに手こずっていたのだ。
「じゃ、私が秘密兵器を!」
見ると彼、カセットコンロを持ってきているではないか!幸い周りには我々以外に観測者はいない。火をつけても迷惑はかからないだろう。
カセットコンロの威力で一気にカイロ10本に火をつけると、使い捨てカイロと毛布で保温しながら暖まるのを待つ。
「急げ!北極星が出ている間にセッティングを!」
そう。恒星を追尾しながらの撮影では極軸のセットができないとお話しにならない。いつ天候が悪化するか分からないので、少なくとも晴れているうちに極軸のセットだけは完了させておく必要があるのだ。
「大変です!雲台をプレートに止めるネジが足りません!」
「まかせろ!ニュートン反射の鏡筒バンド用のネジが合致するから貸してやる!」
「F100用のレリーズ忘れましたー!」
「まかせろ!2本持ってきた!」
<※2019追記:彼とは地学部・応援部・合唱部を通じた長い付き合いなので、およそお互いがやらかすミスは熟知していました。>
実は、今回だけは相当に入念に準備していたのである。なにしろやり直しがきかない。
カメラバッグの中の全一眼レフには出発前から高感度フィルムが装填済みだし、低温下での撮影を想定して、バッテリーは全てリチウム電池に換えてある。カーバッテリーから取るACインバータと半田ごてで断線トラブル対策も万全だ。
さて、00:00を過ぎたあたりで状況が変わった。
東天から流星が飛び始めたのである。明るくゆったり飛ぶ様子はしし群そのもの。
「来るぞー!カメラセットー!!」
アトラクスに4台、SP-DXに3台、スカイメモに2台、固定撮影用三脚に2台の一眼レフをセットし、フレーミングを定める。その間にも、火球が飛び始め、流星痕を残す物まで現れ始めた。とにかく明るい!。
「うわっ。 本当に来るぞ、これ!!」
今回、私には一つのもくろみがあった。できるだけ獅子座を画面に取り入れ、「輻射点(※)から飛び散る流星の図」をぜひともゲットしたい、というものである。もちろん突発的な火球は魅力的だが、しし群以外でもがんばれば撮影できる。とにかく今日しか撮れない「作品」を作ろうとの考えだったのである。
<※2019追記:現在では「放射点」と称されることが多い>
★出現開始
01:00を過ぎたあたりで大変なことになった。明るい流星が全天を飛び交うのである!
「アッシャー理論は当たってたんだ!すごい!ひょっとするかも!」
「はい、最終チェック。ミスすると痛いから、2人で見ていこう。」
「はい、F501・・・・シャッターバルブ、フォーカスモードM、絞り開放、給装モードS、ピントリング無限大!」
「はい、FM2・・・・シャッターバルブ、ズームリング最短、・・・・・・・・」
「カイロを止めるバンドでピントリングが回らないように注意しろ!」
「セット完了!」
「結露は?!」
「有りません!カイロの効果絶大-!」
「現在01:08、全機露光10分、開始ー!」
※オリオンを貫く大火球
明るい流星は途中で数回爆発し増光することがある。また、流星の元となる物質の構成比や発光高度によって色が変化するのも魅力である。
11台の一眼レフが順調にシャッターを切る。これだけ明るければ、まともに写るカットもあるはず・・・。
★極大
※獅子の大ガマと呼ばれる部分にある輻射点から飛び散る流星達。 死ぬまでに一度は目にしたかった光景だ。
・・・03:00頃の記憶は混乱している。
「げええええ!、う、うそやろ!! 飛び散ってる!獅子から流星が飛び散ってる!」
「こ、これ雑誌の表紙イラストそのものじゃないっすか!!」
「やばいってこれ、HR1000や2000じゃ効かないぞ!」
「数えられない!カメラどこ向けても入ってくる!」
本来、流星写真は、インスピレーションであらかじめ飛びそうな方向へカメラを向けてシャッターを開け、見事流星が飛んだらシャッターを閉じるという手法をとる(あくまで筆者の例)。これは一眼レフで花火の写真を撮る方法に似ている。(※)しかし、文字通り雨のように「流星が降る」状況下ではカメラをどこへ向けても流星が入ってくるのである。
<※2019追記:デジタル時代の現代では15~30秒程度の短時間露光無限連射を行い比較明コンポジットに持ち込むケースが多いが、これをフィルムでやると約10~20分で1本使い切ってしまうことになる。11台のカメラで3時間撮影するなら100~200本のフィルムが必要となり、現像代と合わせると一晩で約20~40万円が飛ぶ計算になるので非現実的。それ以前に、当日使用したカメラのうち6台が「手巻き」だったので3~5秒ごとにどれかのカメラの巻き上げレバーを操作しつつ、バルブの露光時間を計測して露光時間調整するのは不可能。実際には「巻き上げ確認→レリーズ開始→10分間計測→シャッター閉じ→巻き上げ」を繰り返していた。それでも、巻き上げ操作で力がかかりすぎたり他のカメラが露光中に巻き上げレバーに触れると盛大なブレとフレーミングずれが生じて失敗する上に、ワインダー内蔵のAF機も混じっていたため、フレーミング案はもちろんシャッターを切る順番や操作ミスが出にくいカメラ配置まで事前にテストし、ショックを最小限にしつつリズミカルな各操作が長時間ミスなく持続できるよう、数えきれないほどの予行演習を行って当日に臨んだ。ちなみに膨大なカメラの大半はこの日のためだけに中古購入したもの。>
・・・2人とも完全なパニック状態。むろん詳細な撮影データが必要なことは分かっている。明るい痕が出現したら秒単位のデータがないと研究価値がないことも承知だ。しかし・・・・・今だけは素人の天文ファンに戻っていたい気分だった。
「エンジン音!ライト来るよー!!シャッター下ろせ!!」
数は少ないとは言え不意に観測地に上がってくる車のライト(※)から撮影中のフィルムを守るためには、必死で走り回らなければならない。
<※2019追記:天体観測地における車のライトの影響については(安全面への配慮も含め)諸説あります。当時の私たちは、露光中にライトが接近したらシャッターを下ろすか暗幕を掛けるなどして、あくまで『自衛』するべきだと考えていました。いつ通るかわからない車の光は、雷光や驟雨と同じく一種の『自然現象』なので文句を言っても仕方ないという解釈です。>
※ほんの一瞬の判断ミスで、車のライトからネガを守れなかった例。もともと非常に微弱な光を写し取る機材のため光が当たると、ひとたまりもない。
「ニコンの18-35mmだけ結露します!プラスチック鏡筒だからカイロの熱が伝導しないみたいです!」
「まじか?!あ、俺のニコン18-35mmもズブ濡れだ!畜生!ブロワとタオルー!」
「こうなったらレンズを懐に入れて保温しながら2コマずつローテーションします!」
「あ、また車来る!」
「いかん、さっきの火球がカブッてしまう!」
「走れ!」
「スカイセンサーが異常動作!変な動きを始めた!」
「鏡筒反転指示か!一度電源切って、ENTERキーを押せ!」
「もうデータなんてどうでもいいや!とにかく撮る撮る撮る!」
「こんなの、もう一生見られないすよ!目にも焼き付けて!」
「いくらでも撮れますね・・・・・・・・今までの苦労は何だったんでしょう?」
「これ見ちゃうと、もう他の流星群見る気が失せちゃうね。」
「天文やっててよかったぁ・・・・・」
・・・・正直、泣きそうだった。
★かくして
結局、観測者としてではなく、初心者天文ファンもしくはアマチュアカメラマン的な視点で存分に「楽しんだ」今回のしし群であった。消費したフィルム11本。そのほとんどのコマに「複数」の流星が写ってしまうという信じられない事態。
とりあえず、あぷらなーと担当分のネガ7本分を同時プリントし、大ざっぱに整理してみたところ、流星が写っていたコマ、175コマ。
その中に写っていた流星像、実に667個であった。もっとも、これは同時プリントでの話。適当なパラメータを設定してスキャニングすれば、さらに流星数は増えるはずである
ともあれ、1998年の獅子座流星群で15個しか撮影できなかったあぷらなーとが700個近くの流星を撮影できたのだから、今回の出現が尋常でなかったことがおわかりいただけることと思う。
「雑誌のイラストの通りだー!」
獅子座流星群の季節になる度、何度この情景を夢見たことか。
恐らく一生に一度きりのこの機会を目撃できたことは最大の幸せであった。
<2019追記:元データ(フィルムからスキャン)がPDやMOに保存していて読めないので、再処理できなかったんだけど、よくよく思い出してみたら、天文ガイドや某学校書籍や某広告などに入稿したデータがあったので、これを元に若干再処理してみました。ベストショットは下記の画像♪>