★はじめに、念のため「放射線とは?」よく勘違いされるんですが、「放射線」は「放射能」とは異なります。
放射線とは、放射性物質や高エネルギー天体などから放射される高エネルギーの粒子(光子含む)の流れです。
その『放射線を出す能力』が「放射能」なので、例えるならば、「ガンダムのビームライフルから発射されたビームそのもの」が「放射線」で、「ビームライフルの火力」が「放射能」ですね。だから、昭和のゴジラが口から『放射能』を吐いていたのはナンセンスです。
まあ、そんなことはどうでも良いんですが(笑)、『トリウムレンズ』(アトムレンズとも)というものをご存じでしょうか?
昭和の時代には、レンズの性能を上げるために酸化トリウムを含んだガラスを用いたレンズが複数販売されていました。この『トリウムレンズ』は放射能を持ち、放射線を放出することが知られています。
★消しきれないノイズのいくつかは
王道嫌いで『別解探し』が生きがいのあぷらなーとは、ノイズ低減の王道であるディザリングやシグマクリップを使いません。そのためダークファイルは常に数百枚単位で確保した上で『クールファイル補正法』や『手動ダーク減算』などの邪道を駆使してノイズ除去しているのですが、いわゆる突発的ノイズに関しては、今のところシグマクリップ以外にうまい方法が思いつきません。
さて、この突発的ノイズのひとつとして考えられているのが自然放射線です。大気や地面や建物から放射される微量の放射線がカメラのセンサーをヒットして光点として写ってしまうというわけですね。でも、本当に「放射線が写る」のかなって疑問に思いませんか?
というわけで、やってみた♪
★出でよ『トリウムレンズ』!
あぷらなーと秘蔵の『トリウムレンズ』は、ペンタックスのスーパータクマー55㎜F1.8です。

かなり年季が入っていて、(恐らく)内部から放射された放射線の影響でレンズが黄変しています。
2年ほど前に自作の拡散霧箱を用いたテストでは、放射線が多数射出される様子を目視できました。
このレンズは後玉にトリウムが含まれていると推測され、テスターを後玉側に近づけると、線量が急に上昇するのが測定できます。
そこで、今回は、この
『トリウムレンズ』を冷却CMOSに装着し、本当に放射線で感光するのかどうか検証ごっこしてみることに。
とはいっても、さすがに主力兵器であるASI294MCやASI1600シリーズは放射線の影響で(万が一)センサーが劣化しちゃうとイヤなので、サブ機であるASI174MC-COOLで実験してみます。

こんな風に
『トリウムレンズ』を装着した場合と、
カメラだけの場合の2パターンで暗闇を撮影し、
固定ノイズであるダークノイズをダークファイル減算で取り除いた後、残った輝点の様子を比較してみます。
撮像温度は0℃・ゲインは300とし、0.5秒露光で360コマ撮影したものを、ダーク減算の後に比較明コンポジットしてみました。
すると・・・・
ででん!!
※左:カメラのみ 右:トリウムレンズ装着
これは画面の一部を拡大したものですが、『トリウムレンズ』装着の方は嫌なノイズが明瞭に出ています。
あちゃー。
たしかフィルムカメラ時代には「トリウムレンズの放射能はフィルムを感光させるほどではない」と言われてたはずなんですが、デジタルカメラだと『感光』しちゃうんですねぇ。
★目の錯覚でないことを確かめる
素人ゆえに、厳密な検証は不可能なんですが、せめていくつか検証ごっこっぽいことはやってみましょうか。
まずは、マカリで画像の輝点とその周辺の輝度を測定してみます。

すると、このように、ダーク減算後でも『トリウムレンズ』装着カメラの方は、
バックグラウンドの揺らぎとはかけ離れたレベルの輝度値を持ったピクセルが存在することが分かります。
また、コンポジット済みのFITSファイルをDelphiを使って解析すると

このように、
数千~数万カウントレベルのきわめて明瞭な輝点ノイズが多数発生していることが分かりました。
うーむ。
トリウムレンズは、非常に高性能だという噂は聞くものの、これじゃあ天体写真には使えないだろうなぁ・・・・。
★・・・って、本当か?
「使えなさそう」となれば、逆に使ってやりたくなるのが『邪の道』というもの。
さっそく、天体の実写で放射線の影響を試してみましょうか・・・。
スカイメモSにASI174MC+『トリウムレンズ』を同架して、M31アンドロメダ大星雲付近をテスト撮影してみます。
すると・・・・
ででん!!
※スーパータクマー55mmF1.8→F2.8 フィルター無し ASI174MC-Cool 0℃ ゲイン300 10秒露光×240コマコンポジット
ダークフレーム:120コマ適用 フラット無し(FlatAideProでカブリ補正)
げげッ
化石のようなオールドレンズのくせに、冷却CMOSカメラ相手にここまで戦えるのかッ!!
むむむ。フィルター無しなのに、目立った青ハロとか皆無じゃないか。
ええい、ペンタのトリウムレンズは化け物かッ!!
★いや、それが目的じゃない
失礼しました。思いのほか写りが良かったため、脱線してしまいました。
本題に戻します。
撮影した画像240コマをダーク減算処理した後で、加算平均ではなく比較明コンポジットしてみます。
ノイズの弁別がしやすいように、コンポジット時には「位置合わせ無し」と「位置合わせ有」の2系統で処理して、その差を観察してみましょう。

本来、
位置合わせ無しコンポジットでは、
天体が流れてダークノイズが点状になります。
反対に、位置合わせ有コンポジットでは、天体が点状になり、ダークノイズが流れます。
上記の写真の青〇で囲んだノイズが典型的なダークノイズ(ホットピクセル)が『消しきれてない』影響ですね。
(ASI1600シリーズとは異なり、ASI174のダークノイズ減算の最適値はまだ見いだせていないんです・・・)
それに対して、赤〇で囲んだノイズは位置合わせの有無に関わらず同じ形状をしています。これは、単一コマにしか写っていない突発的ノイズであることを表します。今回の場合は、このノイズが『トリウムレンズ』からの放射線が感光したものではないかと推測されます。
暫定的な結論として、やはり、『トリウムレンズ』を用いた天体撮影では放射線の影響が無視できないようですね。
★★★お約束★★★
①あぷらなーとはMeV領域の放射線に関しては「完全な素人」のため、線量についての安全性については一切コメントできません。
②CMOSセンサーが『感光』しているのは電子や陽電子などの荷電粒子ではないかと推測しますが、その正体は不明です。
③もしレンズから出ているのがベータ線だと仮定すると、薄い金属で遮蔽できると思います。ただし後玉から放射されている場合は遮蔽が厄介です。
④自然放射線の中には、天体由来の高エネルギー宇宙線が大気中の原子核と相互作用した結果生成された二次粒子も含まれます。
⑤放射線は高エネルギーであるほど危険なわけではありません。(電離損失のお話はややこしいので触れませんが・・・)
⑥CMOSセンサーに直接荷電粒子をヒットさせていると思われる今回の手法がCMOSセンサーを劣化させる危険性を有するかどうかは不明です。