★毒をもって毒を制す日周運動により刻一刻と動いていく天体。それを自動的に追尾し点像に写す架台が赤道儀ですが、一般的な赤道儀にはピリオディックモーションと呼ばれる追尾誤差があります。
そのため、天体写真の撮影時には、
①ピリオディックモーションの少ない高級赤道儀を用いる
②オートガイダーを用いて追尾補正する
③ピリオディックモーションを記憶して電子的に補正する
④エラーが出ない程の短時間で露光を切り上げコンポジットする
などの手法が用いられています。
このうち③の手法が「PEC」(ピリオディック・エラー・コレクション)と呼ばれています。近年ではこの機能を有した赤道儀も増えてきました。
さて、12年ほど前のことです。ふと「2台の赤道儀を組み合わせると、機械的にピリオディックモーションを補正できるのではないか」と邪悪な考えが脳裏に浮かんだことがありました。同じ周期で往復運動をする2台の赤道儀の位相を180度ずらすことで、ピリオディックモーションを干渉させて相殺できないかというアイディアです。
最初考えたのは、歯数が1:2となる2台の赤道儀を用意し、一方は1倍速の逆回転、他方は2倍速の正回転とすることで、合成回転速度は恒星時1倍速としつつ、ピリオディックモーションの周期を一致させるというアイディアです。名付けて『メカニカルPEC』。
ただし、諸々の問題点があって、実用域に到達させるのは極めて困難だななぁという印象でした。
★-1+2=0.5+0.5 !
毒をもって毒を制す『メカニカルPEC』を実現するには、合体精度や個体差を無視しても
①ピリオディックモーションの周期を一致させる
②合成回転速度を恒星時1倍速にする
という2つの条件を最低限満たす必要があります。
2年前の開発ごっこでは、同じ機種ではなくウオームホイルの歯数が72枚のスカイメモTと144枚のスカイメモSを合体させることで、この条件を満たしました。
ピリオディックモーションの周期は歯数に反比例します。そこで、スカイメモSは1倍速・スカイメモTは2倍速で駆動することで①の条件を満たしたという訳です。また、スカイメモSは逆回転・スカイメモTは正回転で駆動することで②の条件をクリアしました。
当初、「同じ機種では互いに逆回転させると、運動が完全相殺されて動かない」と早合点していたのですが、あるとき
「あ! -1+2=0.5+0.5じゃないか!」
と、馬鹿馬鹿しいほど単純なことに気がつきました。
ええ、同じ機種を組み合わせた場合は両者を0.5倍速の正回転にすれば、①と②を同時に満足できるハズだという理屈です。
どうせなら、できるだけ平たくてダブルスタックしやすくて、かつ個体差が少なそうな機種が良いな・・・と悩んでいたのですが、ビクセンから新型ポラリエが発売されたおかげで旧型ポラリエが値下がりしたので、2セットポチることに。
★出でよ、ダブルスタックポラリエ!
という訳で・・・
ででん!!

どうです、この禍々しさ?
「ポラリエのピリオディックモーションをポラリエで消す」
という邪悪さにゾクゾクします♪
ちなみに、個人的にポラリエの弱点は台座への固定部が狭いことだと感じています。もちろん正しい運用法では大丈夫なんでしょうが、今回の様に『過積載』させた時にはどうしても盛大な撓みが出て「お辞儀」してしまいます。そこで、

このように、
ポラリエの底部と背面部を同時に固定することでお辞儀方向の自由度を殺し、
背面にカウンターウエイトを取り付けることで台座の真上付近に重心が来るようにしました。
肝心のポラリエ同士の接続に関しては、標準仕様のまま直接つなぐバージョンと、間に接続パーツをかますバージョンと2通り試作しました。
★一体どうやって位相を合わせるのだ?
同様のピリオディックモーションを持つ赤道儀同士をスタックする場合、そのウオームネジの位相を180度ずらすことで、ピリオディックモーションの運動方向が相殺されると期待されます。ただし、ここで問題なのが「いかにして位相を180度ずらすか」です。
1番確実そうなのは
①「実際に恒星を追尾してみてベストポジションを探る」
ことでしょうし、1番賢そうなのは
②「ウオーム軸にエンコーダを取り付け、位相差を実測する」
ことだとは思うんですが、①は他の要素が介在してきていかにも難儀しそうですし、②はあまりにガチすぎてネタ的に笑えません(え、そこ?)。
そこで、あぷらなーとらしい邪悪な調整方法を思いつきました。
それはッ!
2台のポラリエを互いに逆回転させて地上の風景を撮影し、対象がズレないポイントを「同位相」と判定。その後、片方のポラリエを半周期分だけストップさせることで位相を180度ずらす。
という怪しげな手法です。

理論上は、時間経過とともに地上の対象物のズレが上記のグラフのように観測されるはずです。
また、この試み自体が(地上の対象物をブレること無く写せれば)『メカニカルPEC』の成否を示唆してくれるはずです。
では、早速行ってみましょう!!

今回は、できるだけ高精度にPECの様子を観察したいので、接続部分を大幅に強化した仕様で臨みます。
ちなみに、前側ポラリエは恒星時1倍速で逆回転、後側ポラリエは恒星時1倍速の正回転で駆動です。
ターゲットは遠方の街灯とし、撮影レンズはBORG45ED、撮像カメラはASI174MC-Coolをチョイスします。
★いざ実測!!
屋内から撮影するときに最大の障壁になるのが部屋の床の撓みと振動です。そこで、セットアップが完了した時点で撮像用PCを別室からリモート制御することにしました。ゲインは0、露光時間は3秒とし、これを200コマ連続撮影することで歯数144枚のピリオディックモーション周期である10分間の挙動を観察します。

ここで問題となるのが、エラーの測定方法です。対象が恒星のように点像ならば、『イーブンオッド法』(もしくは比較明コンポジット)でその軌跡を観察できるのですが、対象が街灯では(像が大きすぎて)無理です。そこで、
ステライメージ7で「輝度重心」を測定させ、その時系列変化をまとめることにしました。
撮影前にカメラの回転方向調整を行い、撮像チップのX軸が赤道儀の赤経方向に一致するようにしましたので、重心の並進エラーのうち、X成分がピリオディックモーションを示唆します。

残念ながら、ステライメージでは並進エラーの数値を吐き出したり、画面上からコピペできない仕様なので、原始的ですが
「画面上の数値を目で読み取ってEXCELに打ち込む」という、冗談のような荒技で臨みます。さすがに200コマ全ての数値を目視してると夜が明けちゃうので、
撮像ファイル名の末尾(通し番号)が1の物と6の物をセレクトして、解析させることにします。ちなみに、この作業だけでも難儀するんですが、ファイルアイコンを横10列表示で整列させれば、マウスのドラッグ一発で対象の群だけをセレクトできます(笑)。
さて、ここで得られたデータは1単位がピクセル基準になっています。
対物レンズの焦点距離が325mmで、ASI174MCのピクセルピッチが5.68μmであることを考慮すると

このような簡単な作図から実視角に変換することができます。(上記のdはセンサーサイズでもピクセルピッチでも大丈夫です)
これで、最終的に残ったピリオディックモーションが天の赤道付近で何秒角に相当するのかを推定できますね。
ピリオディックモーション1周期分について、この一連の作業を終えると、前方配置のポラリエだけ2分間停止させ、手動でターゲットを写野中央に戻します。これで、2台のポラリエ間に生じた位相差が約72度シフトされるという算段です。この作業を5回繰り返すことで位相差を1周分調べたことになるので、(大ざっぱではありますが)補正状況は把握できるでしょう。
★で、どうなった?
さて、この邪悪な実験、果たして成功したのでしょうか?
では、行きますよー
ででん!!

うおーーーー!!
こ、これはっ!!
左から順に、ピリオディックモーションが「増幅された」「標準」「相殺された」「標準」と解釈できる素晴らしい結果ではないかッ!!
いや、ホントは分かってます。
本来、位相差のステップは72度ではなく90度で評価すべきこと。
それ以前に、位相の起点がどこかを探る作業が必須であること。
でもね・・・・。
この邪悪な発想をひらめいてから、苦節12年。
こんなに綺麗な結果(らしきもの)が出たのは初めてのこと。
もうそれだけで、あぷらなーとは感動してしまうのです。
★★★お約束★★★
①なんらかの致命的なミスを犯している可能性は否定できません
②現実には2台のポラリエの回転軸を完全一致させるのは至難の業です
③実測において、200コマ×2セットはクランプの緩みで測定不能なほどのズレが出てしまい破棄しました
④最終グラフの一部にデータ欠損が見られますが、ポラリエのバッテリー切れという初歩的ミスです
⑤実測データには、赤経方向に残る一意な運動が記録されました。冒頭のリンク先でも触れたように、この運動は「極軸ズレ」(今回の場合は2台の極軸間の偏差)に起因するもので、本題から外れますので、リニアに補正しています。
⑥実際には完全な周期運動にはなりませんので、本来は最低でも3周期ほどの実測が必要ですが、今後の課題です。
⑦諸々の要因により、実戦投入できるほどの効果を示唆する結果とは言えません
⑧現実的には、普通のPECやオートガイドを用いた方が高精度と思われます
⑨定量的なデータが出ていますが、本記事はポラリエの追尾精度を検証したものではありません。
⑩『メカニカルPEC』は、あぷらなーとの造語です