★アクロマートでEDに勝つ?近年はネットを徘徊するだけで色々な情報が手に入るので、書籍や論文を読破しなくても「なにが正解っぽいか」を知りやすくなってます。でも、所詮アマチュア天文は道楽なので色んなアプローチ法があっても良いと信じています。
さて、SkyWatcherの15cmF5アクロマート屈折BK150750は大変安価な大口径屈折で、低倍率での星雲星団観望に人気がある望遠鏡です。
一方、いざ天体写真を撮ろうとすると、盛大な色収差のために青ハロまみれでボテボテの像しか得られません。そこで屈折望遠鏡で星雲の写真を撮るなら「フローライトやEDを用いたアポクロマート」に乗り換える必要があったのですが・・・。
上記の記事で書いたように、NB1などのデュアルナローバンド系フィルタを併用すると、
①古典的アクロマート設計の色消し基準であるC線とF線の波長
②星雲の輝きの主成分であるHα線とOⅢ線の波長
③デュアルナローバンド系フィルタの透過波長
以上3つの要素が『奇跡的に一致』することにより、「下手なEDアポよりもシャープに写るアクロマート」というゾクゾクするほどパラドキシカルな現象が起こります。
※②と③が一致するのは意図的ですが、①でC線(Hα)とF線(OⅢ近傍)が昔から色消しの基準点として用いられたのは奇跡としか言いようがありません。
BK150750もその例に漏れず、NB1フィルタを用いるとアクロマートとは信じがたい迫力ある星雲像が写せることは確認済みでした。
★サイトロンQBPではどうか
さて、サイトロンジャパンさんから発売されているQBPフィルタは、Hβ・OⅢ・Hα・SⅡという星雲撮影で「おいしい波長」のみを透過するフィルターです。
ただし、HβとOⅢ、HαとSⅡはそれぞれごく近傍にありますので、実質的には前述のC線とF線付近を透過するフィルタと考えて良いでしょう。
実は以前から「BK150750+QBPの組み合わせでの星雲撮影性能を試してみてほしい」とのオファーはいただいていたのですが、仕事と天気の組み合わせが悪く今回ようやくファーストライトとなりました。

★15cmの、ツインだと??
はい。思わぬ方面からの援軍がありまして、いつの間にか15cmアクロマートは二連装砲になっていたのですよ。
フードを除き教筒のカラーリングが白黒真逆という邪悪な組み合わせですが、おそらく中身は同じようなものでしょうね。
今回は、その一方にQBP+ASI294MC-Proを、他方にNB1+ASI1600MC-Coolをそれぞれ装填してサイドバイサイドでの比較撮影をしてみようという企画です。
厳密には、鏡筒の販売元が異なりますしカメラも別機種なのですが、大まかな傾向はつかめるでしょう。
さて、15cmアクロマートとQBPの相性はどうでしょうか??
ところが・・・・
★謎のハロが勃発!
撮影対象としては、AOOパレットと相性抜群のはくちょう座網状星雲にしようと最初から決めていました。
早速、撮影に入ったのですが、どうも様子が変です。

星雲自体は非常に良く写るのですが、
周りの輝星に大きな滲みが生じています。
はじめは薄雲による滲みだと思っていたのですが、よくよく観察すると、なにやら構造めいたものが見えます。
そこで、原因を探るべく明るい恒星のみを短時間露光で撮影してスタックしてみました。

対物レンズの
スペーサーによると思われる6本の影や、回折リング状のものがハッキリと認められます。
どうやら薄雲による滲みなどではなくシステマチックに生じた像のようです。
では、露光をさらに伸ばしてみましょう。
すると・・・

この像の出方には記憶があります。
本来の焦点よりも内側にピントを持って行った際に、連続スペクトルを有する光源から出た光がモノクロセンサーに照射された場合の『サッポロポテト現象』ですね。
※センサーの種類・透過する波長・ピント位置などで、この現象で生じるパターン像の形状が決まります。
ところが、これは非常に不可解なのです。
★何が謎なのか?
<謎①>このピント位置ではこの形状の回折像になるはずがない
下記の記事中で検証ごっこしてみたとおり、
比較的鋭いスパイク状の『サッポロポテト現象』が生じるのは光源にピントが合っていない時です。
ところが、今回のケースでは光源の恒星に合焦させています。
通常、この時に生じる回折像は下記のような丸い像のハズです。

しかし、今回の像は
「スパイク状」です
<謎②>ASI294MCでサッポロポテト現象が生じるはずがない
間違っている可能性はありますが、おそらく『サッポロポテト現象』は特定の波長の光から見てカメラのセンサーが規則正しく並んでいることから生じる反射回折像だと考えています。そのためには、各色のフィルターを乗せたピクセルが縦横ともに等間隔に並んでいる必要があります。
ところが、ASI294MC-Proのセンサー面を『自作顕微鏡』で強拡大してみたところ
下記のように、ASI294MCのセンサーは等間隔ではなく、4個ずつがグループになり固まっている「クアッドベイヤー構造」を有していることが分かりました。

上の写真を見てください。Gピクセルがきれいに格子状に並んでいるASI174MC(左)とくらべ、ASI294MC(右)はG素子が格子状にならず4個ひとかたまりに配置されていることが分かります。これでは等間隔になる条件(回転位相)自体が存在しません。どうやらこの
クアッドベイヤー構造によりASI294MCではサッポロポテト現象による回折像が生じないようなのです。
ところが、今回のケースではASI294MCで明瞭な『サッポロポテト現象』が生じてしまいました。
★この矛盾を解消するためには・・・
ここまで検証ごっこを進めてきて、ハッとしました。
これ、ハロじゃなくて『実体』だ!!
スパイク状の『サッポロポテト現象』が起こったことの矛盾を解消するには、

このように、
「C線とF線による合焦像」と「別波長の光による焦点内像」との二段重ねになっていると解釈するしかありません。
光源の実体が合焦したり焦点外像になった場合はスパイク状の『サッポロポテト現象』が生じるわけがないからです。
また、デュアルナローバンド系フィルタと相性の良い古典的アクロマートのケースだと、下記のように
C線とF線にピントを合わせるとS線など長波長の赤外線は大きな焦点内像となることが推測できます。
※(推測パラメータが多いため数値自体は割愛しますが)上記に類した設計によるアクロマートで推算すると900nm前後の赤外線が作る焦点内像の大きさは実測値とオーダーレベルで一致しました。
次に(残念ながらASI294MCの広域分光特性グラフは公開されていないので代理として)ASI1600MCの分光特性グラフを見ても分かるように

センサー上に配置された各種のカラーフィルターは、
入射光の波長が長波長の赤外域に突入するとその差が徐々に縮まっていき、ついには完全に一致してしまうことが推測されます。(実際にZWOさんも、その特性を活かして「カラーカメラをデモザイク不要の赤外モノクロカメラとして転用する」裏技があると公言されています)
そうすると、特殊なフィルター配置を有するクアッドベイヤー構造のASI294MCのセンサーも、長波長の赤外域では単純な格子状のピクセル群に過ぎなくなります。したがって、赤外線域では『サッポロポテト現象』が発生しても矛盾しないことになります。

と・・・ここまで考察ごっこを進めていたら、猛烈なデジャブが・・・・
★そういえば、すでに検証されてた!
なんだろう、このデジャブは・・・・・
あっ!!そうだ。
『赤外王』を目指されているシベットさんの検証記事だ!!
実際には、ツイッターで色々とやりとりしながらブログの記事のことを思い出して慌てて読み直してみたんですが、ほとんど同じ結論でしたね。
というわけで、すでに2月にシベットさんが検証されてた現象を、別アプローチで確かめただけのことでした(笑)
(素直な像ではなくてサッポロポテト現象の発生から赤外線に思い至る・・・てのが、なんとも邪悪ですが)
ならば、対処法は簡単。
QBPとIRカットフィルタを併用すれば良いだけです。
さて、予想通り解決するでしょうか?
・・・ででん!!
※共通:BK150750+Pro1D-ACNo3+QBP+ASI294MC-Pro 左:IRカットフィルタ無し 右:IRカットフィルタ併用
おお、見事に『ハロ』が解消しました。
というわけで、本来色収差が大きな古典的アクロマートはその色消しポイントのみを透過するQBPフィルタによって劇的にシャープになるが、QBPフィルタが赤外線を透過することによって、そのぼけた焦点内像が恒星像に重なって写ってしまう。というのが答えのようですね。
え。
「もっと早く、シベットさんの記事を思い出せ・・・というか、覚えてろ!」
ですか。
はい・・・面目ないです。
でもね、でもね・・・
正解を忘れていたおかげで遠回りしたけど、ほら、ASI294MCだけ『サッポロポテト現象』が発生しない謎がついに解決したじゃないですか♪
★NB1 VS QBP
さて、気を取り直して、15cmアクロマート2連装砲による「NB1 VS QBP のサイドバイサイド」を行ってみましょう。
・・・ででん!!
※共通:15cmF5アクロマート+Pro1D-ACNo3 30秒露光×240コマ(ダーク・フラット補正あり)
※左:QBP+IRカット+ASI294MC-Pro ※右:NB1+ASI1600MC-Cool
おお、すげえ!
QBPお安いのにNB1と良い勝負だ!!
厳密には、カメラとか鏡筒の販売元とか色々と異なるんですが、ほぼ同じ機材で全く同一時刻に撮影したことで、光害のカット度合いも比較できますね。
★★★お約束★★★
①透過した赤外線の波長は全く不明です(900nmよりは長波長だと思われる)
②メーカーさん公称の波長グラフでは900nm付近までの赤外線がカットされているのが分かりますが、それ以上の波長域は不明です
③『サッポロポテト現象』の各種考察に関しては、正しい保証はありません
④BK150750やQBPの個体差については、不明です
(SE120やBORG89EDやASI1600MMのように3個体以上保有しているもの以外は個体差の有無が分かりません)
⑤色収差の無い反射系望遠鏡や高級アポでは赤外線の影響は無視できると思います
⑥元々IRカットフィルタが内蔵されているデジカメなどでは赤外線の影響は無視できると思います