機材レビュー

ASI482MCレビュー①

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<注意>本記事は、特定のカメラをDisる目的ではなく、その個性を味わい活用法を探る遊びとして書いていますので、ご理解ください。(不要な誤解を与えるとマズいので、これまでブログでの公開を控えていました

★明らかに凄そうなカメラなのに写らない、だと?!
ZWOさんの非冷却カラーCMOSカメラASI482MCはソニーのIMX482を搭載し、類い希なる高感度特性(SNR1sが0.081lx)を持つことから「King Of Night」の異名を持つ、大変尖ったカメラです。
近年はCP+のセミナー依頼の関係で、どうしてもPlayerOneさんのカメラをお借りしたり自腹で買ったりすることが多くなってしまったのですが、ZWOさんの赤缶も多数愛用している身としては、非常に気になっていた機種でした。
ところが、普段から仲良くさせていただいているシベットさんから衝撃のレビューが公開されました。


要するに(初期ドライバの不良は改善の方向に向かったものの)扱いにくい、ということのようです。これが、果たして個体差(カタログスペックが出ていない)のか仕様なのかが気になって仕方なかったのですが、なんと、一通りの検証を終えたシベットさんから実機をお借りする機会をいただきました。


★仕様を満たしているのかどうかを検証ごっこするのが先決
SNR1sなる高感度特性については、あくまでも防犯カメラなどで暗い対象を識別する際に重要となる指標であって、天体写真撮影において有効なものかどうかは全く分かりません。そこで、まずは天体用カメラとしてのカタログスペックを満たしているかを解析ごっこしてみることにしました。
具体的に調べてみたかったのは、下記の2つです。
 ①コンバージョンファクタの測定(システムゲインの測定)
 ②リードノイズの測定
実は、この2つだけ測定すれば、フルウェルキャパシティとかダイナミックレンジとかは計算で求まってしまうので、おおよその仕様チェックが完了するからです。

SharpCapのセンサー解析機能を用いれば自動的に仕様チェックはできるのですが、結構端折ったロジックで計算してる気配がある点と、解析ロジックがブラックボックス化されていると、なんらかの不気味な値が出た場合に詳細な解析に進むことができないため、MATLABで書いた自作のノイズ解析コードを使うことにしました。他機種について基本性能をチェックする際にも用いているコードなので他機種との比較もしやすいという事情もあります。


★まずは、実際のゲインを測定する

各種の特性を表現するために最も重要となるのがコンバージョンファクタ(システムゲイン)です。
イメージ的には光子(正確には光電効果で生まれた光電子)が何匹入ってくると輝度値が1上がるのかを示します。
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※ZWOさんの公式ページから引用
https://astronomy-imaging-camera.com/product/asi482mc/

例えば、上記の公称グラフの見方は下記のようになります。
設定ゲインが0の時は、およそ12.5個の光電子が入ると輝度値が1アップする
設定ゲインが210の時は、光電子の数と輝度値が一致する(ユニティゲイン)

では、早速、目の前の個体がこのグラフを再現するかどうかを簡易測定してみましょう。
本来は射出する光子数(正確には光子フラックス)を調整できる光源があれば良いのですが、素人故にそんな便利な装置は持っていません。そこで、光子の粒子性に注目した場合にそのショットノイズ(到来揺らぎ)がポアッソン分布にしたがうハズだという前提を利用します。詳しい計算は省きますが、ザックリ言って入射光子数がN倍になるとその個数揺らぎ(標準偏差)は√N倍になります。すなわち、輝度揺らぎの大きさを測定することで入射光子数を見積もることができるということです。ちなみにこれはユニティゲイン(光電子数が輝度値と一致するゲイン)の時だけ成り立ちます。逆に言うと、露光時間をN倍にした時に輝度揺らぎが√N倍になっているようなゲインを特定すれば、それがユニティゲインだということです。また、露光時間をN倍にした時に輝度分散(輝度揺らぎの2乗)がA×N倍になっていれば、それはユニティゲインのA倍の実ゲインを持っているとも言えます。

※より分かりやすい説明は、Samさんの記事で解説されていますのでご参照ください

では、早速実際の測定に入ります。コンバージョンファクタを求める題材として、LEDトレース台の上に減光フィルタを付けたASI482MCを置き、設定したゲインそれぞれについて、黒つぶれしない輝度から白飛びしない輝度まで様々な露光時間で撮影します。
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ここで注意すべきは周辺減光の影響で、これがあると、演算式内で輝度勾配が輝度ゆらぎと誤認されてしまい正しい値が測定できません。今回は、画像中央部の100×100ピクセルをトリミングし、その中での輝度分散を測定することで、コンバージョンファクタを推定することにしました。

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これは解析中の画面ですが、横軸に平均輝度値・縦軸に輝度分散を取ったグラフにおける傾きがコンバージョンファクタの逆数になります。
これを設定ゲインごとに整理すると、いよいよ設定ゲイン毎のコンバージョンファクタ(システムゲイン)が姿を現します。
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結果として、ユニティゲインはおおよそ213.5付近だということが確かめられました。これは公称値の210に近いためゲインについてはカタログスペックを満たしている個体だと判断します。

※別な測定方法としては、そーなのかーさんの記事が分かりやすいです。


★リードノイズを測定する
次に、リードノイズが設定ゲインとともにどう変化するのかを測定してみましょう。
リードノイズの解釈は色々あるのですが、今回は「バイアスフレーム中の輝度が画面全体でどのようにバラついているか」をリードノイズと考えます

※これはリードノイズを空間ノイズとして解釈したものです。また、各ピクセルのバイアス輝度がフレーム間でどのように揺らぐかを示す時間ノイズとして解釈することも可能ですが、理想的なセンサーの場合は両者が一致します。これは1個のサイコロを100回振った場合も100個のサイコロを一度に振った場合も出た目のバラツキ具合が同等なのと同じ原理です。

ちなみに、公称ではASI482MCは下記のようなリードノイズ特性を持っているとされています。
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※ZWOさんの公式ページから引用
https://astronomy-imaging-camera.com/product/asi482mc/

このグラフから期待されることは「ゲインを上げるほどリードノイズが少なくなる」「ゲイン80でハイゲインモードが発動しノイズがガクンと減る」の2点です。

はたして、実際にその仕様を満たす個体なのか、さっそく調べてみましょう。

まずはキャップをしたASI482MCのゲインを0から480まで60刻みで変化させながら最高シャッター速度でバイアスフレームを撮影します。
実測したコンバージョンファクタを元に各ゲインにおける輝度値を光電子数に変換し、その画像内での揺らぎ(標準偏差)をリードノイズとして計算しました。

すると、下記のようなリードノイズ特性が求められました
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公称値とよく似た傾向を示していることが分かります。
次に、公称ではゲイン80で発動されるとされているハイゲインモードが実在しているのかを見るために、ゲイン80付近を1刻みで変化させてリードノイズを測定してみましょう。
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おお、見事にゲイン80ジャストでハイゲインモードが発動しノイズがガクッと減ることが実測されました。


★これで一応カタログスペックは満たしていることに
天体用のCMOSカメラの宣伝用スペックには、今回実測して求めたコンバージョンファクタ(システムゲイン)やリードノイズ特性以外にも、フルウェルキャパシティやダイナミックレンジが示されることが多いのですが、個人的にはこれらの値にはあまり意味が無いと考えています。
あくまでも私見ですが、ユニティゲインに設定した場合のフルウェルはADCの駆動ピット数に一致するのが合理的(それ以上のフルウェルを持たせても結局記録できない)です。ASI482MCの場合は公式サイトを見ても公式マニュアルを見ても、下記のようにどうも理解できない(不可解な)対数目盛が振られているので各ゲインにおけるフルウェルの値が読み取れないのですが、一応スルーしておきましょう。
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※ZWOさんの公式ページから引用
https://astronomy-imaging-camera.com/product/asi482mc/

ちなみに、ユニティゲイン時のフルウェルがADCの駆動ビット数と一致するという仮定の下で今回の実測コンバージョンファクタから簡易的に求めたフルウェルは下記のようになりました。
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※公称では(公式グラフの対数目盛が不可解なため)ゲイン0の時のFW値しか比較できないのですが、経験上ゲイン0のコンバージョンファクタは測定精度が悪いことが多くて、あまり参考にならないので、オーダーレベルで一致しているということにしておきましょう。

次に、実測したリードノイズから推定されるダイナミックレンジを見てみましょう。
公称のダイナミックレンジは下記のように示されています。
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※ZWOさんの公式ページから引用
https://astronomy-imaging-camera.com/product/asi482mc/

ここで、天体用CMOSカメラはもちろんのこと、デジタルカメラ全般における『ダイナミックレンジ』なるものについて、補足しておきます。

一般的には(特にフィルム時代から写真を嗜んでいる方には)ダイナミックレンジと聞くと「黒つぶれせず白飛びもしないのは、何段(何EV)か」というラチチュード的なイメージを抱かれると思うんですが、実は全く異なっていて、デジタルにおけるダイナミックレンジとは、EMVA1288規格によって「フルウェルをリードノイズで割った値について2の対数を取ったもの」と定義されています。したがって、先述のようにフルウェルが実質ADCの駆動ビット数で決まってしまうことを考慮すると、なんとダイナミックレンジはシステムゲインとリードノイズの値だけで計算されてしまうのです。

これは荒っぽい例えですが、フルウェルをメスシリンダーの容積に見立て、リードノイズをメスシリンダーの最小目盛りに見立てた場合、ダイナミックレンジとは、目盛りの本数という意味しか持ちません。
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したがって、上記の右の例のようにすぐに白飛び(水が溢れる)するケースでもダイナミックレンジは左の例と同等の値となります。要するにデジタルにおけるダイナミックレンジとは、黒つぶれや白飛びが生じにくいことを直接表したものではないということです。

※正確には上記の例えの場合、目盛りの本数はADCのビット数に相当し、目盛りを印刷しているインクのニジミがリードノイズなのですが、ややこしいので上記の表現にしました。

ここで別な例えも試みてみましょう。
前述の「黒つぶれせず白飛びもしない段数」と解釈した場合のダイナミックレンジの大小は下記のようなイメージではないかと思います。
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ところが、EMVA1288で定義されているダイナミックレンジは下記のようなイメージとなります。
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※上は小さなリードノイズ、下は大きなリードノイズを仮定し、簡易的なモンテカルロシミュレーションを行ったもの

上下どちらも黒つぶれも白飛びもしていないのですが、下の例ではノイズが大きすぎて階調が乱れている状態であることが分かると思います。


さて、ではそろそろ本題に戻りましょう。
今回実測したリードノイズを元にASI482MCのダイナミックレンジを推定すると、下記のようになりました。
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公称グラフのスペックをよく再現している個体だと言えそうです。


★となると、良く写りそうだが・・・
ここまで検証ごっこを進めてきて、お借りした個体はカタログスペックをほぼ満足している個体だということが判明しました。
ということは、非常に高感度で星雲などが良く写りそうな気がしてきます。

では、あぷらなーとお得意の多連装砲によるサイドバイサイドテストを実施してみましょう。
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実写テスト用に準備したのは、下記の通りです。
<望遠鏡>
12cmF5アクロマート SE120×3連
8cmF5アクロマート StarQuest80×3連
<フィルタ>
デュアルナロー系フィルタ×6枚
<カメラ>
ASI294MC-Pro
ASI1600MC-Cool
SV405CC
ASI174MC-Cool
Uranus-C
ASI482MC

撮影対象は、アンドロメダ大銀河M31です。
これを同時刻に運用して、カメラ毎の写り具合を一気に比較します。
果たしてASI482MCは『King of Night』の称号にふさわしい高性能を見せつけてくれるのかッ?

でで・・・
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※各30秒露光×1コマ ダーク・フラットなし

う・・・写らぬ!
センサーサイズが大きいASI294・ASI1600・SV405は別格として、同じ1/1.2型センサーのASI174MC-CoolやUranus-Cと比べても、アンドロメダがノイズに埋もれて核しか見えないではないですか。

よーし、ならば、ライトフレーム128コマに加えて、ダーク256コマ・フラット256コマ・フラットダーク256コマを投入して真面目に画像処理してみよう。

ちなみに、ASI294MC-Proについては、この処理でこんなに素敵なアンドロメダになった。
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※ASI294MC-Pro 30秒露光×128コマ ダーク・フラット・フラットダーク各256コマあり


では、行くぞASI482MCくん、今こそ「King of Night」の実力を開放してみせよッ!!

でで・・・んぎゃあ!!
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※ASI482MC 30秒露光×128コマ ダーク・フラット・フラットダーク各256コマあり


そんな馬鹿な・・・(泣)
各種パラメータの解析ごっこで、カタログスペックはほぼ満足しているにも関わらず、全く手に負えません
これまで、色々な個性豊かなCMOSカメラを扱ってきましたが、こんな難敵は初めです。
白状すると、完全に自信を喪失しそうになりました。


つづく


★お約束★
①本検証ごっこにおける評価は、シベットさんの個体を約1年間お借りして運用し、あぷらなーとが感じた個人的な感想です。
②各種の結果について、その信憑性は全く保証できません。
③念のため、次回予告をしておくと、工夫次第で写るようにはなります。


Commented at 2024-10-28 21:17 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by supernova1987a at 2024-11-04 17:53
> ike shuさん
ご指摘ありがとうございます!
ミスタイプを修正いたしました。
ぜひまたお立ち寄りください。
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by supernova1987a | 2024-03-10 01:33 | 機材レビュー | Comments(2)

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