
あぷらなーとがメインで楽しんでいる天文課題は「市街地から星雲を撮る」というものですが、その際に主力として数年来愛用しているカメラがZWOのASI294MM-Proです。量子効率が高い上にハードウェアビニングを利用すればADCが14bitで駆動可能なm4/3センサー機で、それまで主力として使っていたASI1600MM-Proと比べても感度が高く、バンディングノイズ(縞ノイズ)が出にくいなど、(放射状のアンプグローが出る点と酩酊ピクセルが若干目立つ点を除けば)本当に扱いやすくて大好きなカメラなのです。
★冗談みたいな過酷なテスト
ところで、理論はともかく「ゲインと露光時間とノイズの関係」って実測ではどうなってるんだろう?という難儀なテーマに取り組んだことがあります。
これは、2021年に星ナビさんに短期連載記事(の予定が、最終的には9回も♪)「Deepな天体写真」を執筆させて頂く際に「あやふやな点が残っていると自信を持って記事が書けないじゃないか!」と一念発起して、涙ぐましい試行錯誤の末にようやく結論めいた実測結果を出すことに成功した『独自検証ごっこ』の結果です。
ただし、ある程度端折ったデータ収集だった点と対象カメラが主力機ではなく2番手機だったこともあり、いつかASI294MM-Proで同等以上の検証をやりたいものだと考えていました。
というわけで、総露光時間が2048秒間という条件下で、ゲインや1コマ露光時間を細かく変えて、何が変わるのかを検証しようという作戦を実行することにしました。
LEDトレース台をNDフィルタで減光した光源を『疑似ライトフレーム』とし、下記のように撮像パラメータの組み合わせを85パターンでテスト画像データを集める、という壮大な計画です。また、同等条件のダークフレームも欠かせませんので、合計で約8万枚のテスト画像を撮影する必要があります。ある意味で常軌を逸した壮大なプロジェクトと言えます(笑)

※黄色セルが、その条件での撮影予定枚数を示します。
★気になっていた『噂』
テスト撮影ごときで8万枚も撮影するとなると、心配になるのが「酷使するとセンサーが劣化する」という噂です。撮像センサーは生き物ですので(笑)あまりに過酷なお仕事をさせたりストレスを与えると弱ってしまうというのは有りそうなお話ではあります。ただし、本当にそうだとしても「8万枚撮影前後で基本性能や不良ピクセルの数などに変動が出るか」という一種の耐久テストも兼ねることができる点にはゾクゾクするのも事実。「こんな難儀な実験をやる酔狂な天文ファンは少ないだろうから自分がやってみなければ!」と8万コマ撮影プロジェクトを決行したのです。

ところが・・・
★酷使で劣化?・・・否、なんかおかしい!
さて、SharCapのシーケンサが落ちたりヒューマンエラーでミスったりしながら、実に2週間に渡る地獄のような8万枚撮影ミッションを完遂することができました。そこで、さっそく解析に入ろうと思ったのですが、ここで噂(劣化するぞ)の真偽を確かめておかねばなりません。ということで、まずはあぷらなーとの十八番『時系列ノイズ解析』を試みます。時系列解析とは、撮影したダークフレーム中の各ピクセルの値が時間とともにどう変化したのかを輝度メジアンと輝度標準偏差でスキャッタプロットしたもので、そのザックリとした見方は下記のようになります。

早速、私が最も多用する32秒露光のダークを時系列解析してみたのですが、一目で違和感に襲われました。

「ちがう!こんな散布図、ASI294MMではあり得ない!!」
ZWOのカメラは色々と扱ってきましたが、ホットピクセル群がこんなにも強烈に右に伸びている機種は見たことがありません。もちろん、夏場の非冷却カメラであればホットピクセル群が伸びるケースは見られますが、今回のカメラは-10℃までキンキンに冷やした冷却カメラです。しかもASI294シリーズはカラー・モノクロ・冷却・非冷却を問わず、(出荷前に不良ピクセルの座標を特定し、それらをカメラ内で無効化していると想像される)HPC機能が実装されており、大半の高輝度ホットピクセルは退治されていたはずなのです。
まさか、今回あまりにも酷使しすぎたせいで、超高性能カメラASI294MM-Proくんが大幅に劣化してポンコツカメラに化けてしまったのでしょうか。
「ああ、こんなことなら、8万枚撮影などという無謀なテストやるんじゃなかった!」
後悔しても、まさに後の祭りです。
★どれくらい劣化したのか?
「とりあえず、落ち着け」自分に言い聞かせながら、正常だった頃と比べてどの程度劣化したのかをチェックしてみることにしました。まさか十八番の時系列解析グラフを見間違うことはないと自負しているものの、ひょっとすると過去の記憶が美化されているだけかもしれないではないですか!
慌てて引っ張り出したのは2020年11月に撮影したダークフレームと2022年5月に撮影したダークフレームです。
すると・・・
でで・・・んぎゃあ!

なんということでしょう。今回の酷使以前に、なんと2年前には既にホットピクセルまみれのカメラに変身していたことが発覚したのです。
そういえば、この頃、妙にダークが合わなかったり縮緬ノイズが増加したように感じつつも「骨折した上に感染症も併発してしまった右足の不自由さに伴うストレスで自分の心が汚れているのだろう」と自分を戒めていた記憶があるような、ないような・・・・・・。
★劣化させた犯人は誰だ?
さて、こうなると事態は少々深刻です。たかが1年に数回の出撃を2年続けただけでこれだけ劣化してしまうのであれば、製品寿命が恐ろしく短いことになってしまいます。しかも「CMOSカメラレビュー」特設ページを作って偉そうに製品比較をやってた事も全部大ウソになってしまうかもしれません。いくら多連装砲のサイドバイサイド撮影で環境面を揃えたところで、購入からのトータル使用時間(劣化度合い)を揃えておかないと不公平な比較になってしまうからです。
頭をクラクラさせつつも、深呼吸して頭を整理させます。一体、ここまで劣化させた犯人は誰なのでしょうか?
ここで思いつく可能性は以下の4つです。
①経年劣化により、不良ピクセルが激増した
②カメラのドライバの仕様が大幅に変わった
③撮像ソフトの仕様が大幅に変わった
④僕がなにか大ポカをやらかしている
こうなれば、アレを出すしかあるまい。
「邪・我流道(ザ・ワールド)ッ!!」
★MATLABで書いた自作プログラムは主に3種
あぷらなーとは、素人ながら知恵を絞ってプログラミングごっこを楽しんでいるのですが、MATLABで書いているプログラムは、イーブンオッド法やクールファイル補正法やソフトウェアピクセルマッピング法やグリッドサーチ法などなど、邪悪なアルゴリズムを実装した画像処理ソフト『邪崇帝主(ジャスティス)』以外にも下記の2つがあります。
★空間解析によりCMOSカメラのゲイン(利得)やリードノイズなどの基本スペックを自動推定する『邪利得通(チャリオッツ)』
★時間解析によりCMOSカメラの固有ノイズ特性や補正ロジックを自動推定する『邪・我流道(ザ・ワールド)』
特に『邪・我流道』は、同一センサーを用いたカメラなのにノイズ感が全く異なる機種の秘密を妄想(笑)する時などに、絶大な威力を発揮します。
今回の怪現象に出くわした際、まず『怪しい』と感じたのは先述の可能性②と③でした。これまでの解析ごっこ遊びでは「PlayerOneのDPS機能」や「ZWOのHPC機能」あるいは「SharpCapのホットピクセル除去機能」などのロジックを『妄想』することに成功していたので、今回も何か見つかるかもしれないと期待したわけです。
たとえば、ZWOのASI294系のカメラ内ノイズ補正には、下記のような気配が観察されました。
また、SharpCapのホットピクセル除去機能には、下記のような気配が観察されました。
★2020年と今回のダークを解析してみる
では、早速やってみましょう。
先述のように、以前『邪・我流道』で解析した結果を盲信するならば、ZWOのHPC機能の正体は、出荷前に1台1台ノイズ状況をテストして判明した不良ピクセルの座標をカメラ内にストックした状態で出荷されており、ドライバ側(OR撮像アプリ側OR基板上のチップ)から特殊な演算を指示して無効化する、いわゆるピクセルマッピング処理である気配が観察されました。また、その際に異常ピクセルの値を書き換えるために用いられる参照ピクセルは隣接する上下左右の4ピクセルで、演算輝度値は4ピクセルの平均輝度値を小数点以下切り捨てで整数値化すると仮定すると統計的に十二分な精度で実写画像と一致することが観察されました。
では、2020年の11月にASI294MM-Proで実際に撮影したダークフレーム15コマを『邪・我流道』で解析してみましょう。なお、このときの撮像温度は-10℃、ゲインは300で1コマの露光時間は30秒です。すると、下記のように約5300個の異常ピクセルが無効化されている気配が観察されました。

すると・・・
ででん!!

なんと、HPC機能が全て無効化されている気配が濃厚です。
要するに、センサーが劣化したことでホットピクセルが増加したのではなく「元々消されていたハズのホットピクセルが、ドライバの仕様変更などによりゾンビのように復活してしまった」というカラクリに感じました。
では、具体的にどの程度ホットピクセルが増えているのかを視覚的に感じていただくために、2020年のダークと2024年のダークをレベル切り詰めのみ行って比較してみましょう。

★良し悪しの判断はユーザさん次第
暫定的な結論として、2020~2022のどこかのタイミングでドライバなどの仕様変更があり、同一個体であってもその後の画像ではピクセルマッピングが無効化されているらしきことが想像されました。ちなみに、これが良いことなのか悪いことなのかはユーザさん次第だと考えます。
「どうせ画像処理時になんとかするから、カメラは余計な補正をするな!」
という方には、現行のドライバなどを大歓迎するでしょうし、
「暗めのホットピクセルはともかく、高輝度のホットピクセルは原理上ダーク減算では消しきれないので無効化してくれ!」
という方には、残念な改悪だと映るでしょう。
え、「あぷらなーと的にはどうか?」ですと??
某社の様に『星喰い』を誘発する心配の無いピクセルマッピング系の補正は個人的に大歓迎なので、後者ですねぇ。
とはいえ『邪崇帝主』には「ソフトウェアピクセルマッピング法」を実装してあるので、今撮った画像が気に入らない時でも2020年版ドライバに近い品質に演算処理できちゃうので、あまり深刻には考えていません♪
★★★お約束★★★
①あぷらなーとは専門家ではないため、ミスや勘違いが複数含まれている可能性があります。
②メーカーさんの情報ではないため、今回の考察ごっこはあくまでも推理遊びです。信用性はありません。
③先述の通り良し悪しの判断は、あくまでもユーザーさん次第です。ASI294MM-ProをDisる意図はありません。
④厳密には、ドライバが変わったのか撮像ソフト(SharpCap)の仕様変更なのかは全く不明です。
⑤肝心の「劣化の有無」に関しては、それ以前の差異が桁違いに多かったため検出不能でした。
⑥HPC機能については公式の資料が極めて少ない(日本語および英語での資料は皆無と思われます)ので、下記の補足を参考にしてください。
★★★補足★★★
ZWOのHPC機能についての言及は滅多に見当たりませんが、本国の公式サイトや中国語版マニュアルにのみ辛うじて記載が認められます。意訳すると、おおむね下記のような内容が記されています。
①HPCは、ASIカメラ独自のハイライト抑制テクノロジーである
②カメラ固有のデッドピクセルや固定ノイズポイントは、カメラのハードウェアメモリに記録されている
③HPCにより、惑星や月面を撮影する際には固定輝点が生じない
④HPCにより、長時間露光撮影では、より鮮明なダークフレームとライトフレームが取得できる
⑤様々なソフトがHPCに対応しており、常にONとなっている
by supernova1987a
| 2024-12-27 22:43
| 解析ごっこ・検証ごっこ
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